【コラム:労働法】精神障害と労働者

平成27年6月25日、厚生労働省から「過労死等の労災補償状況」が公表されました(厚生労働省HP:http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000089447.html)。
注目すべきは、平成26年度における精神障害に関する労災補償の請求件数が1456件となり、過去最多であったとの点です。

平成22年度からの推移を見ても、平成22年:1181件、平成23年:1272件、平成24年:1257件、平成25年:1409件ということですから、請求件数も徐々に増加傾向にもあるようです。

さて、少し視点は異なりますが、精神障害と労災認定につきましては、平成23年12月26日、厚生労働省から「心理的負荷による精神障害の認定基準」が出されています(厚生労働省HP:http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001z3zj.html)。
認定基準では、精神障害の労災認定要件として、以下の3要件が挙げられています。
① 認定基準の対象となる精神障害を発病していること
② 認定基準の対象となる精神障害の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
③ 業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないこと

このうち、やはり実務上問題となるのは、要件②でしょうか。

精神障害は、業務以外のプライベートな事情が影響することも否定しきれないだけに、業務との因果関係、すなわち「業務による強い心理的負荷」の有無は、常に大きな争点となりそうです。

認定基準でも、要件②については、さらに「特別な出来事」(生死に関わる病気やケガ、極度の長時間労働など)がある場合とない場合に分け、特別な出来事がない場合には「具体的出来事」をピックアップして総合評価を行うとして、その類型や具体例を細かく一覧表にまとめています。
その結果、心理的負荷の程度が「強」と判断されれば要件②を満たすものとされており、明確な判断枠組みが採用されているといえます。

このように、認定基準が明確化し、請求例・認定例が増加してくると、どのような場合に認定がなされ、どのような場合になされないのかが明確になってきますので、制度が利用しやすくなり、今後ますます請求件数が増加することが予想されるところです。

一方で、企業側としても、単なる労働基準監督署の問題と高を括ってはいられません。
なぜなら、労災事故が発生した場合、労災補償の金額だけでは満足できない労働者が使用者に対して損害賠償請求を行い、その結果、使用者が「安全配慮義務」を媒介として直接に損害賠償義務を負うことがあるからです。
そして、事案によっては、数千万円から数億の賠償金を支払わざるを得ない場合も出てきてしまいます。
そうであれば、今後、労災補償の請求件数が増え、「精神障害でも業務との因果関係が認められるかもしれない」という意識が高まると、企業に対する直接の請求件数も増え、高額の賠償を迫られる機会も増えてきそうです。

これらを回避する転ばぬ先の杖として、リスク管理の必要性が騒がれるわけですが、自社の現状・改善策を分析するには高度な技術が必要となりますし、余計な時間もかかります。その一方で、見て見ぬふりをすれば、先ほどのリスクが現実のものとなって降りかかりますし、大切な従業員のためになりません。

企業経営者の方々には、健全な企業であることを確固たるものにするため、そして何よりも従業員のために、一度、専門家によるアドバイスを受け、職場環境を見直してみることをお勧め致します。

(弁護士 西原宗勲)